第9番 夕べの鐘

ベネチアの夕暮れ サン・ジョルジュ・マッジョーレ教会の鐘楼

 教会の鐘は、時を告げ、祈りの時間を知らせます。
 鐘はクリスマスや結婚式などのような「喜びの鐘」もあれば、死者を送る「葬送の鐘」もあり、教会によって鐘の鳴らし方、リズムはさまざまの様です。
 毎日鳴り響く教会の鐘の音は、日々の暮らしの中にあります。
 夕暮れ6時、教会の鐘が鳴り響き、仕事の終わり、そして祈りの時を告げます。

 この「夕べの鐘」は第6曲「カリヨン」とは異なり、印象派を思わせる柔らかい音遣いで、遠くから聞こえてくる鐘の様です。

 リストの最初の子ども、ブランディーヌ・ラシェル・リストは1835年12月12日、スイスのジュネーブで生まれました。
 リストと愛人マリー伯爵夫人との間に子どもが生まれた事は、マリーの家族にも、パリの高等社会にも祝福される事はなく「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない人物の意味の外交用語)」とされ、リストは重荷を負うことになりました。

 しかしリストはブランディーヌの誕生を喜び、最愛の娘の誕生のために「ジュネーブの鐘」を捧げます。この曲は巡礼の年の第1年スイスの第9番の終曲です。
 娘の無事を祈る安らぎに満ちた音楽で、夕方船に聞こえる鐘の音を、優雅で感情的に描いた美しい曲です。
 第1エディション、第2エディションをご紹介します。

ジュネーブの鐘 第1エディション(1936年作品) 「夕べの鐘」と共通の低い鐘の音が現れます。
ジュネーブの鐘 第2エディション こちらのエディションで演奏される事が多いと思います。

 そして1839年には、金髪の巻毛の4歳の娘ブランディーヌを記念して、最初の歌曲「Angiolin dal biondo crin (金色の髪の天使)」を作曲しました。
 舟唄の様なゆったりしたリズムの美しい子守唄です。

 今は亡き世界的バリトン歌手のディートリヒ・フィッシャー=ディスカウの歌う「Angiolin dal biondo crin 」がYouTubeに公開されています。素晴らしい演奏で、リスト魅力が伝わってきます。
 「リストのロマンチックスタイルで演奏しないと、魅力が消える。それはリストの弱点」とフランク先生はおっしゃいます。
 梅め込みが不可でしたので、下記をクリックしてお聴きください。

Liszt:Angiolin dal biondo crin S.269 ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウ

金色の髪の天使

金色の髪をした天使よ
まだ冬を2回しか見ていないほど幼い子
お前の人生がいつでも清らかなものであるように
金色の髪をした小さい天使よ
一輪の花の美しき姿よ

太陽がお前をその輝きで金色に染め
天より優しいオーラが
お前をその通り道で撫でてゆくように
金色の髪をした小さな天使よ
一輪の花の美しき姿よ

お前が眠るとき お前の吐息は
愛の吐息に等しく
苦しみをすっかり忘れるほどだ
金色の髪をした小さな天使よ
一輪の花の美しき姿よ

お前の幸せな喜びは
お前の母さんのやさしい笑顔にある
お前も母さんに天国をもたらす
金色の髪をした小さな天使よ
一輪の花の美しき姿よ

お前は彼女から学んで育つのだろう
芸術や自然がいかに素晴らしいかを
決して不幸を学ぶことはなように
金色の髪をした小さな天使よ
一輪の花の美しき姿よ

そしてもしお前が私の名をたまたま耳にして
それがお前の心の中に残ったならば
ああ!それを母さんに何度も言っておくれ
金色の髪をした小さな天使よ
一輪の花の美しき姿よ

 1844年、リストとマリーが別居した時、ブランディーヌはしばらく、マリーと一緒に暮らしました。
 マリーは、将来の夫となるエミール・オリヴィエをブランディーヌに紹介しました。
 2人は1858年リストの誕生日の日にフィレンツェで結婚しました。

 ブランディーヌは両親それぞれに、深く愛された娘だったといえるでしょう。
 ブランディーンヌは1862年9月9日、南フランスのサントロペで、1人息子のダニエルを出産した合併症で亡くなりました。その息子は1年以上前に亡くなった弟を偲んで、弟と同じ名前ダニエルと名付けられました。
 リストは最後の手紙で、息子の誕生を祝福しました。

 「クリスマスツリー」全12曲を、最初の4曲はクリスマスキャロルの旋律に基づく作品、続いての4曲はクリスマスの情景を描写した作品、この第9番で鐘の響きが遠ざかると、音楽はクリスマスというテーマを離れて、リスト自身の回想「昔々」に入っていく、という解説が見られますが、フランク先生は、この第9番はブランディーヌを偲んだ曲と考えておられます。

 「Abendgloken」は夜の鐘を意味しています。その鐘の音について、フランク先生は次のアナリーゼをされています。
 この夜のコーダでは、低音の「ラのフラット」のベルが24回鳴り響きます。24は1日の終わり、真夜中の究極の終わりです。
 このベルの連打は、同じ変イ長調のショパンの24のプレリュード第17番0p.28にもみられます。
 この曲では、低音の「ラのフラット」のベルが11回奏でられます。ショパンにとって12は終末期の数を意味します。

 リストは最初の孫ブランディーヌを鐘の音で迎えました。そしてここで彼は貴重な人生の終わりを、鐘の音で再び思い出します。
 コーダの前にprimoのパートに現れる短いソロ、ここでの4つの長い音符のため息は、リストが
「Blandine-Blandine」と長女の名前を呼んでいる様です。

 それでは、第9曲「夕べの鐘」聴いてみてください。

 2021年10月31日 三和レコーディングスタジオ録音

 Primo:磯部太美枝
Secondo:リヒャルト・フランク
 




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